菊池 駿

謙虚に、ひたむきに

初期研修医1年次

菊池 駿

Shun Kikuchi

サッカーひと筋だった高校時代

私は子供のころからずっとサッカーをやっていて、もうずっとサッカー漬けの毎日でした。。
高校の時、医師をしていた祖父が亡くなったのですが、八十歳まで仕事をしていました。それがとても印象に残って、働けるうちはずっと働き続けられる、そういう仕事ってすごいな、と思いました。それでいろいろと進路を考えた結果、医師を目指そうと決めたんです。
そうはいっても高校時代までサッカー漬けの毎日でしたから、医学部に入るというのはそう簡単ではなくて、時間もかかりましたし、とても苦労しました。
医学生時代にはいろいろな病院に見学に行きましたが、この病院の先生方は皆さん、生き生きとした表情をされていると感じました。他の病院ではあまり感じられなかった雰囲気です。
それで病院見学で話を聞かせてもらって、この病院でお世話になろうと決めました。
実際働いて印象は変わらず、やる気があって目的意識の高い人が多いな、と感じています。とても刺激のある環境です。同期の研修医たちも、それぞれ目標を持って積極的に取り組んでいて、自然と自分の意識も高まります。
どんなことでもチャレンジできる自由な環境ですが、自主性が重んじられるので、まずどうすべきかを自分で考えることが求められると感じています。
型にはめて全てを教えてもらうというよりは、それぞれの個性を活かして、自分で頑張って勉強して習得していく環境だと思います。


自分もチームの一員だということ

どんなときでも状況に気を配れる人間でいられるよう、出来るだけ心掛けています。患者さんに対してはもちろん、同じスタッフに対してもです。
医療はチームワークと思っていて、その雰囲気を感じた方が仕事は良い方向に進むと思います。チームとしての力を引き出していくには、自分もその一員として存在していることを忘れてはいけないと思います。
どんなに緊迫した状況でも、どんな立場であったとしても、状況を考えられるというのは、そう簡単なことではないと思います。知識、技術など、色々なことが大切になってると思います。
勉強は絶対に続けていかないといけないと思っています。

患者さんに笑顔で帰ってもらえた

救急外来で来られた患者さんの診療をして、心配事や悩みを聴くと、その方が帰られるときに私の名前を確認してくれることがありますが、それが嬉しいですね。
本当になんでもないようなことなのですが、「先生の名前、なんて言うんですか?」ってとてもいい顔して訊いてくれる。それで内科外来などでまたお会いすると「ああ、ちゃんと対応してよかったな」と思います。
私は他の方とは感じ方が少し違うのかもしれませんが、今は「手術が上手くいってよかった」ということよりも、「患者さんに笑顔で帰ってもらった」ということに喜びを感じています。
笑顔になるためには病気で苦しんでいてはもちろん駄目ですが、なにか心配事があってもいけないと思っていて、医師としてどこまで関わるべきかということにもなりますが、自分としては余裕があれば、そこまで気づけたらなと思います。

患者さんの心に寄り添える医師を目指して

六人いる同期の研修医の中では私だけなのですが、まだ志望の科を決めていません。何も決めずにこの病院に来ました。
不整脈に興味がありますし、外科の手術も楽しいです。また、産婦人科のように命の誕生にかかわる仕事も素晴らしいと思っています。
ただ自分としては人同士の関わりを大事にしたいというか、困っている人がいれば声をかけてあげて、悩みを聞いてあげたり、患者さんの心に気付けるような、そんな医師になりたいと思っています。
自分の場合は焦らずに、状況を見て、必要だと思うことを着実に伸ばす、で良いと思っています。一つひとつ丁寧に、荒くならないように、細かいところまで大切にしながら成長していければと考えています。