西 祐進

寄り道して戻った医療の道で
重責を担う

初期研修医1年次

西 祐進

Yujin Nishi

哲学に寄り道して広がった世界

小さい頃、よく暴れてケガして病院に行って診察室で泣き叫んでいたのですが、子供としてではなく一人の男として相手してくれたこの先生格好いいなと、それが印象に残って医者を目指すようになりました。
私は経歴が他の人とはちょっと違っていて、高校の時に医学部を志望して一回大学を卒業しているのですが、なんとなく、ふと一回外に出てみたくなったんです。
それでアメリカの大学に行って別の分野を学ぶことにしたのですが、友人に勧められるまま哲学を履修したら見事にはまって、すごく世界が広がった感じがしました。ちょっと寄り道しようかなという感覚がとても良かったんですね。
ただ仕事として考えると、哲学は閉じこもった世界の中でとことん追求して、教授を目指すような道になると思うのですが、医者の場合は周り人との和を大切にして、患者さんの生活をより豊かにしていける職業というイメージがありました。
そう考えると、やはり困っている人に対して自分でできることをしたいと、医療の道にまた戻ってきた感じです。

自由だからこそ生まれる積極性

徳洲会の研修医募集の説明では「うちはメリハリがしっかりしていてちゃんと時間で帰れる」と聞いていたのですが、実際見学に来てみると研修の先生方は皆さん忙しくされていて、遅くまで残っておられるので「あれ?」と思いました。
でも残っている先生方はみんな目が輝いていて、本当にご自身の好きなことをして、自分から進んで残っているという感じでしたね。
この病院は自由と積極性が求められる研修が多いので、自分が好きな分野に対して特化して学ぶこともできます。
そういう人たちが集まってくると、この分野に対してはこの人に任せようというのが出てきて、お互いがお互いを信頼し合って支援し合おうという雰囲気が出てきます。
すると自分も何か役に立ちたいという気持ちが自然に湧き上がってきて、受け身で教えてもらうだけではなく、自ら積極的に学ぶようになるのだと思います。こういった雰囲気は、ほかの病院とはちょっと違うと思います。

医師としての言葉の重み

他人に責任を押し付けるのは好きではないので、自分の発言に責任を持たなければ、というのは以前から思っていたことなのですが、実際働いてみると「責任を持つ」という言葉が逆に無責任だと感じる時があります。
医師としての発言は、自分だけではなく患者さんにもそのご家族にも関わってきます。自分の発言で他人にも大きな影響を与えてしまうというのは、今までにない感覚です。
本当の意味で自分の発言に責任を持つ、自分のやっていることに責任を持つということがいかに難しいか、実際に医療をやってみて思い知らされた気がします。言葉の重みを実感しました。
医師として責任を負うということはとても大変なことだと思うので、それに向けてしっかり勉強して、伝え方も工夫したり、努力しなければと思いましたね。

真剣だからこその悩み

最初にこの病院に来たときは外科を考えていたのですが、将来の方向性を考えるうちに内科の方がいいかなと思いなおして、内科を重点的にやるようにしました。内科の面白さに気づけて現在では内科志望ですね。
ただ自分の将来像については今かなり悩んでいて、以前は偉くなればなるほど臨床、患者さんから離れていってしまう環境よりは、なるべく患者さんに近いところで医療に携わりたいと思っていました。
でも実際働きはじめていろいろ見えてくるようになると、研究して後の世代に伝えていくことの重要性にも気付かされました。どちらもやれれば一番良いのですが、今考えが揺らいでるところです。